『1984、その3』
(※その2 http://www.hourz.co.jp/shinbun/?p=2995)
●試合はプロモーターが決めている?
柳澤「プロレスの試合の勝敗はすべてプロモーターが決めている」《トークショー》
大嘘である。
反論せねばなるまい。
(自著で抑え込みルールのことを書いていたなぁと思いつつ……)
自分が主催者/プロモーターとして開催した2014年の自主興行の話をしよう。
レスラー・芸人・アイドル・ミュージシャン、多種多様な人材を投入してリングにあげる企画だった。
前半はお笑い芸人中心のコント形式。面白くしてくれればいいと、ほぼ丸投げした。
後半は、セミが元パンクラスvs元修斗によるUWFルール、自分の出るメインはプロレスラーとの試合。Uルールでは格闘技のレフェリーを手配した。
とあるお笑い側のスタッフのひとりが「えっ?あらかじめ決まってるんじゃないの?」と驚いたくらいなので、いかに悪しき概念が蔓延してるかの証拠であろう。
メインは終盤スタミナ切れした自分がバチバチに殴られてピンフォールで負けた。
やる前は、もうちょっとオレの力も通用すると思ったが、想像以上に相手選手の壁は厚かった。
勝敗をすべてプロモーターが決めているなら、自主興行でなぜ自分が負けなければいけないのか。リングに上がれば実力主義の世界なのだ。
勝敗も内容もすべてプロモーターが決めているわけではない。
プロレスを狭い枠に閉じ込めすぎなのである。
●プロレスはスポーツかショーか
スポーツかショーか、その二元論が間違いである。
柳澤「プロレスは勝敗が決まっているからスポーツではない」《トークショー》
勝敗が決まっていない試合。前提が崩れる。
スポーツの定義は勝敗を決める競技、ではない。前提が崩れる。
前提が間違っているので結論も間違ってくる。
『スポーツとは一定のルールに則って営まれる、遊戯・競争・肉体鍛錬の要素を含む身体を使った行為』~wikiより
ゴルフの打ちっぱなしやバッティングセンターでの遊び、キャッチボール等に勝敗はないが、スポーツではないのか。
水泳やマラソンやサイクリングや乗馬も、他者と速さ等々を競えば競技だが、勝敗を競うことなくとも趣味スポーツとして親しまれている。
ロッククライミングも釣りもエアロビもそもそもが勝敗を目的としない娯楽スポーツだ。
ブルーザーブロディ「フットボールもベースボールもチアリーダーが出てきてショーアップしている。プロスポーツはみんなショーだよ。なぜプロレスだけそう言うのかい?」(※とあるプロレス本より)
レスラーもファンも、プロレスへの偏見といつも闘っている。
確かにプロレスは独特のジャンルである。
その解釈に皆ああでもないこうでもないと議論する。
少なくとも、スポーツが上で、ショーが下ということはない。
ショーと呼ばれることへの、スポーツとして認められたいことへのコンプレックスの話でもない。
スポーツの定義をちゃんと考えれば、スポーツとして成り立つのである。また、最高のショーでもあるのだ。
ところでnumber誌はスポーツ誌なのだから、スポーツでないというなら取り上げるのはおかしいのじゃなかろうか?
まったくの余談であるが、個人的にこれだけは言いたい。
「行きつけの焼鳥屋で楽しくプロレスの話をしてる横から、プロレスなんて所詮ショーだからと割って入るようなオッサンは、人が楽しく過ごしてる時間を害する輩でしかないー!」
●ファンはめんどくさい?
《日刊spaの対談より》
柳澤「佐山を上げて前田をディスってる本だとよく言われるんですけど。そういう人がいるんですよ、世の中には」
樋口「そんなことを言ってる人がいるんですか、何度も言いますけど、プロレスファンはこうるさい」
樋口「俺の前田をよくも貶したな、と(殴りかかるポーズをしながら)今頃こうですよ」
柳澤「面倒くさいねー、面倒くさいわ、プロレスファン」
その面倒くさいファンを相手に商売してるのでしょう。
ファンをバカにしてはいけない。
しかしながら、徳光先生や自分のような人間は面倒くさいと思われるほどの熱があるということか。
●棚橋、中邑を書く?
今後、柳澤氏は、棚橋と中邑について書くと言っていた。《トークショー》
今までの猪木、馬場、クラッシュギャルズ、UWFは、どちらかというとかつてのファン向けである。年齢層も高い。
一方、棚橋と中邑は、現在進行形のレスラー。今まさに新日本を観ている層だ。ターゲットとして数が多い。
「プロレスは結末が決まっている」と主張する柳澤氏がそういう選手を取り上げた文章を書くことで、今のファンをどんな気持ちにさせるのか。
●あなたは事情通では無いでしょう
柳澤「中邑は次のレッスルマニアに出ますよ!あ、これは内緒ね!」《トークショー》
中邑がレッスルマニアに出る噂はすでに広まっていた。
実際には中邑が出たのはレッスルマニア明けのスマックダウンだったわけでその誤差はさておき、WWEに興味がある者なら誰でも予想していたことだ。
引っかかるのはこの日集まったアメプロ事情に詳しくないであろう5~60代中心の客層の前で、知ったかぶりしたことだ。
「これ内緒ね」というのは、まるで自分がインサイダーで取材で知り得た内部情報をコソッと漏らすかのような印象操作だ。
自分はプロレス村のライターでないと言いつつもプロレス事情通になりすまそうとしてる風にしかみえない。
WWEファンならみんな予想(期待)して立てていた噂話である。
噂話を事情通のように語る姿に、首をかしげざるを得ない。
やや細かいあげ足とりかもしれないが、引っ掛かった瞬間である。
●入門書がないという嘘
柳澤「プロレスの入門書が今必要だけれども入門書がないわけでしょ、そうなら僕が作ればいいんじゃないって思ってる。たとえば1984ってプロレス入門書足りうると思うんですよ。」
《日刊spaより》
大嘘である。
プロレス入門は、数多く作られている。
数々のレジェンドの証言を集めてルーツをひもといた歴史書としての「プロレス入門」
レスラーの体力作りや受身など基本からまとめた技術書としての「プロレス入門」
観戦ガイドブックやプロレス語辞典なども、広い意味でプロレス入門書だろう。
枚挙にいとまがない。
「なければ僕が作ればいい」は大嘘だ。
「他の入門書とは違うコンセプトで書く」それでいいのではないか。
●ずるい言い逃れ
徳光「ダッチマンテルがUWFはシュートグループだと言ってるが、この時点で言ってるのはおかしくないか?」
柳澤「だって(マンテルの)その本にそう書いてあったから!」《トークショー》
これは、ずるいだろう。
UWF第一戦で通常のプロレスルールで試合を行ったダッチマンテルが、この時点でUWFの向かう方向性を知っているはずがない。
マンテルの著書のその一文は明らかに記憶違いにより盛られたもので、資料としては正確性に乏しい。
そこに疑問を抱かずに構成上都合が良いとはいえそのまま引用してるのは、情報の真偽を精査できてないということだ。
「だってそう書いてあったから」と言って資料のせいにするのはずるいよ。
真摯に向き合っていただきたい。
●アンドレの心境を勝手に語る
1986.4.29、津市体育館。
アンドレが前田に制裁を仕掛けた試合。
これ自体が、いまだ「アンドレをけしかけた黒幕は誰か」と諸説飛び交いながらも謎に包まれたまま解明されていない事件だ。
それを「1984」では、さらりとアンドレ本人による独断と決め付けて話を進めている。
しかも、「アンドレは楽しいツアーの雰囲気を壊す前田に怒っていた」「(返り討ちにされて)アンドレに不快極まりない思いをさせた上に」などと、アンドレの心境を勝手に語っている。
「…そうではないかと推測される」なら、まだわかる。
これでは、ただの、なりすましだ。
マンテルの証言を「だってそう書いてあったから」と言うが、アンドレの心境はどこに書いてあったんだ。なぜアンドレの心境を把握してるのだ。これは完全に創作である。
イタコにアンドレの霊でも降ろしてもらったのか。
「板好痛呂(いたこのいたろ)です。じゃあよびますよ。…アイアム アンドレ・レネ・ロシモフ!」「わっ、わっ、アンドレの本名だ!」
●寓話としての表現
プロレスライターの元祖と言える田鶴浜弘さん、鈴木庄一さん、櫻井康雄さんらの叙述にも、かぎかっこ付でレスラーの言葉が書かれており、それは本当にそのときレスラーがそう言ってたのかな?という記述もある。
昭和中期から後期に書かれたそれらは、自分の中では寓話的にとらえている。
活字プロレスによってロマンと想像力が膨らまされた。
柳澤氏はプロレス村のライターでは書けないノンフィクションと謳いながら、創作を混ぜている。
これは、技法は似てるようでも本質はまったく違うものだ。
●金と女と車?
「選手は金と女と車にしか興味がない」《著書より》
いや、これ、ターザン氏の言葉を借りてるけど、ただの悪口……
●骨法について
1984の骨法にまつわる記述を読むと、あぁ、関係者に聞き取りした割には今の時代に格闘技として過大評価しすぎだなぁと。
ちなみに自分は約10年前に頚椎ヘルニアになったときに骨法整体の治療に通って治して試合復帰している。助けられた経験があるのだ。
●UWFフロント
1984では、UWFフロントを“純粋なサラリーマン”で“身を粉にして働いたのに報われなかった”として、前田のわからず屋っぷりを出しているが、果たしてそうだったのか。
自分は、元UWFのスタッフに独自取材をした。
元スタッフ曰く、である。
「当時、やり手ビジネスマンとしてメディアの取材が頻繁に来ていたので、調子に乗って偉そうにしてた」
「後半でもUWFの人気はピークで招待券は配っていない」
「会社は儲かっていたので、神社長らは○万だった自分たちの給料を○万に上げた」
…ほかにも幾つかの証言を入手した。
UWFには「シーン現象」と言われる、じっくりした攻防を黙って観戦する作法があった。
また、ブームの際には「流行ってるらしいし観にいってみようか」というライト層が入ってくる時期である。
PRIDE全盛期は数多くの来場者を集めたが、どれだけの人が細かな攻防を理解していたのか。
静かなお客さんがいても、イコール招待客とは片付けられない。(註:もちろん、後方の席を招待券で埋めたという関係者の証言も信憑性はある。そして招待券イコール儲かってない、ではない)
会社の実益、フロントの給料については「儲かってない」とする人もいるからには「諸説ある」としたほうがフラットな見方なのだろう。
少なくとも「フロントは少ない給料で身を粉にしてるのに前田がそれを疑った」と決め付けるのは乱暴だ。
ところでUWFを辞めた後の神社長だが、浄水器販売をしながらスピリチュアルな講演をしているという、何やら眉唾な商売をしていた話すらある。
それが本当ならそれが清廉潔白なビジネスマンの辿りつく先…なのだろうか?
●ゴッチをどう見るか
柳澤氏が落としてるのは(本人は落としてるつもりはないが)前田だけではない。
柳澤「売れないレスラーのゴッチ」「ゴッチという時代遅れのレスラー」《1984およびトークショー》とカールゴッチも落としているのだ。
ここに、プロレスを見る目が問われている。
自分の父は70代半ば、昔から観戦しているのである意味自分の「プロレスの師匠」でもあるが「なんといってもゴッチだな、かっこいい」と言うようにゴッチファンである。
PRIDEはつまらないと言い、WWEをはちゃめちゃだが見ごたえがあると言いつつ、ゴッチの試合が面白い、と未だに言う父である。
皆さんも新日本プロレス旗揚げ戦、猪木vsゴッチを観れば分かる。名勝負ではないか。
ゴッチが売れなかった?
国際に呼ばれロビンソンらと名勝負を繰り広げ、新日本に来る前にWWWFタッグチャンピオンにもなっているのに。
ゴッチを「地味なレスラー」と片付けるのは、ちゃんと観ていない証拠、あるいはその程度の目ということである。
もちろん、札幌襲撃で株が上がっていた藤原を売れない前座レスラーという扱いにしたのも、知らない証拠・あるいは時系列の意図的な操作である。
情報はいくら集めても情報に過ぎない。
「ボクもプロレスファンですよ」は「だからプロレスのこと語れますよ」の強弁に過ぎない。
カールゴッチの試合を観て、どう感じたか。そこにプロレスセンスが問われているのである。
●前田日明とは
「1984」本の全編を通して、UWFを俯瞰して見た場合の前編、半分くらいだな。と。
「前田のカリスマ性」を評価しつつも「粗暴でわからず屋」「格闘家としての実力に疑問符」という印象を与えてしまっているのが「1984年を軸にしたのでこういう構成になった」「前田を貶めたつもりはない」とする狙いとズレてしまっている。
先述のラジオ番組でも(前田は不器用という前提で本を書いてたのに)「前田が長州の顔を蹴ったのはわざとですよ」という論調になってたが、そう断定するのは貶めてることにならないのか。
悪い印象づけを繰り返せば繰り返すほど、人の深層に残っていく。
前田は「大阪のTという悪いヤツに金を騙し取られた」という。
T氏いわく「前田は悪い事を吹き込まれると純粋だから信じてしまって、そうじゃないと否定しても聞いてくれない」という。
真相はわからない。
前田とはどんな人物か。
己の人物像を他人に語られるのを不快に思うには違いない。
第一次がダメになったときに「前田と高田だけ」と声をかけてくれた全日本に対し、ひきとってもらえない若手のことを思い断った前田。
藤原組長が癌にかかったときに「藤原さんがいなくなったら、オレどうしたらいいんですか」と泣きながら電話した前田。
アレクサンダーカレリンが前田との試合をキャンセルしかけたときに「前田は俺たちが苦しい時に日本に呼んで助けてくれたんだ!」と泣きながら訴えたリングスロシア勢。
美化する必要はない。
だが、あったことを伏せる必要もない。
前田の純粋さが起こした誤解もあれば軋轢もあったろうし、けれど誰もが惹かれていった。
ここでは語りつくせぬが、前田日明なくしてUWFはありえなかったのである。
●結論として
資料の精査が甘く、嘘の多いこの本を「これが正しい歴史」と思われるのは、非常に困る。
Uのルールを作った佐山の功績を前田がひとりじめ?……過去あまたのプロレスライターが取材して書き留めた文献を引用してるあなたを「功績ひとりじめ」と言われたら(もちろんそんなことはないが)どんなお気持ちか。
UWFはあらかじめ結末を決めたショーなのに真剣勝負を装って世間を騙したというなら、
自説に都合の良い証言を集めて嘘でデコレーションしながらノンフィクションを謳う、
柳澤、お前がUなんだよ。
皮肉で言えばね。
フラットに見れば……。せっかく取材されてる分、もったいないところはありますよね。
UWFとは何かといえば、ルールを作ったのが誰か、でなく、UWFってなんだろうと考えていたファンを含む、UWFを動かしていたすべてがUWFでしょう。
だから、この本はおかしいんじゃねえの?って、自分の中のUがゆーんだよな!
●最後に、この件にまつわるツイートをまとめさせていただいたURLをご紹介いたします。
※はじめは、徳光さんvs柳澤さんのつもりでまとめ始めたのが、更新していくうちに斎藤さんやらいろんな人の発言が巻き込まれていきました。うねり!
https://togetter.com/li/1091831
ありがとうございました。