「コピー野郎」 竹内義和 07
夏希は言葉を続けた。「マジでゴンに言いつけるからね。爺ぃに待ち伏せされたって」
勇人は髭もじゃのゴンの赤ら顔を思い出した。日頃から俺を疎ましく思ってる先生だった。
告げ口されたら、厳しい折檻は目に見えている。気がついたら、両手が夏希の首を絞めていた。
ゴンには告げ口されたくない。そんな気持ちが両手にこもった。可愛らしい夏希の顔が、パンパンに浮腫んで醜くなった。
「ゴンには言うな。ゴンには言うなよ」 勇人はうわ言のように呟いた。
夏希の顔から血の気が失せた。気がつくと息をしていない夏希がそこにいた。
血の気の失せた夏希を残して、勇人はその場所から逃げ出した。
結果として、夏希は命をとりとめ勇人は殺人犯にならずに済んだが、転校を余儀なくされた。
「なんでこんな子に育ったんやろ」
母親がため息まじりで呟く度に、勇人の心は乱れた。中学生になった時……。
歩き方がナナフシという昆虫に似ていると勇人は言われた。
身長は高くなかったが、細い胴とひょろ長い手足をスローモーに動かす仕草は確かに昆虫のそれだった。
級長をしていた仲村佐智子が「ナナフシジィ」との渾名を付けた。皆は、ナナジィとかフシジィと言って囃し立てた。
学校から帰って、鏡を見た。そこには、疲れた顔の勇人が映っていた。中学生のそれではない。ほんと、自分でも爺みたいだなと思った。
体型も尺取り虫に似ている。だから、ナナフシジィなのか。うまいこと言うなと思いつつ勇人は落ち込んだ。小学生の時のあの悪夢が甦った。