「コピー野郎」 竹内義和 10
佐知子の血糊の温かさを勇人は自らの手に感じた。彼女の顔に幾度も鎌を降り下ろしたのも覚えている。
ヒヒヒと気味の悪く笑ったのも。彼女の顔面が血に染まってたのも覚えている。だけど、その後のことの記憶がない。
勇人が覚えているのは、白いシーツと灰色の壁だけだった。
それが病院の個室であるとわかるまで3週間ほどかかった。勇人は時折訪れる中年のおやじに悪態をつき、毎日顔を見せる若い女性に好意を持った。
おやじは、病院の医者で女性は看護師だった。血塗れの女がケタケタケタと笑い続ける悪夢を見なくなった時、初めて問診をされた。
「カマキリになりたかったの?」そう聞かれた時、勇人はかったるいと思った。そうじゃないんだと言いたかったが、説明すると長くなりすぎる。
「人を切るのは初めて?」 とも聞かれた。勇人は医者の口元を見つめた。なんてヌメヌメとした嫌らしい唇なんだろう。
このオヤジ、顔はシワだらけなのに唇だけが妙に赤い。見てるとイライラしてくる。それもあって、勇人はこう言った。
「切ったことは何回もあるよ。首を絞めたこともあったし……」
医者は上目遣いで勇人を見ると、頭を振りながら小さく呟いた。
「狂っとるな」
勇人は歯を剥き出して唸った。この俺が、狂ってる?刺すように睨んだ。医者はカルテに目を向け、
「君は無抵抗の女子の顔を2本の鎌で数回切りつけ、左の眉から鼻筋を通って顎に生涯残る深い傷を残した」
ヌメッた唇をグニャリと歪め、 「これって、狂人だろ?」