「コピー野郎」 竹内義和 13
自分の気持ちを知られたくはない。が、釜田さんに会いたい。彼女の顔が見たい。
とは言え、そうそう経理には行けない。そんな時は、社員食堂で彼女の姿を探した。
ふいに廊下で出会った時なんて心臓が口から飛び出しそうになった。釜田さんは、どんな時でも勇人に優しかった。
社内ですれ違う時も、釜田さんは勇人の目を見て微笑んでくれた。女子には挨拶出来なかったが、釜田さんには笑顔を返せるようになった。
食堂では手を振って勇人を隣に招いた。横に座ると甘い香りがした。秘密めいた黒い瞳と情熱的な紅い唇……。この人が、40歳前なんて。
社内で顔を合わす度、釜田さんは「これから外回り?」と声を掛けてくれた。
その優しさ。勇人は、徐々にではあるが、自分の感情の中に「恋愛」の種が育ち始めてるのを自覚した。
坂本課長からコピーを頼まれた時、咄嗟に新入の社員に頼んだのも釜田さんの目があったからだ。
釜田さんの前ではカッコつけたかった。課長となった同僚から、平社員のままの俺がコピーを命じられる……こんな屈辱はない。
だから、新入の女子社員に頼んだ。せめてものプライドだった。それをあの女め。勇人は、今さらながらにあの時のことを思いだし、唇を噛み締めた。
あの時の五島由香の蔑んだ薄ら笑いを、勇人は忘れない。そう、あの時勇人は、心配そうな釜田さんの視線を背中に感じ、新入の由香にコピーを頼んだ。
その結果、勇人は課長から叱責され、由香には軽蔑され、皆の前で恥をかいた。それはいい。誰からバカにされようと平気だ。